「―――ねぇ、これからどうしよっか、マックス? おじいさまのところに、戻る?」
マックスはお座りしたまま、首を傾げる。きっとそれは最善でないのだろうと、栞那自身も分かっていた。けれど、彼の言葉を聞いてしまってから、とても落ち着いていられなかった。ここ離れるのが最善なのではないかと思えてしまうほどに。
栞那はマックスをゆっくりと撫でる。マックスは気持ち良さそうに体勢を崩していった。
すると、扉のノック音が聞こえる。栞那が返事をすると、入ってきたのは静貴だった。
その表情は、驚くくらい険しい。何かあったのか、彼と会ったことが知られたのか。
「どうしたの、静貴。部屋に来るなんて珍しい……」
「会ったんだね、彼に。“親猫”に」
「何の冗談? 私は裏切り者、会っていたら無傷で済むはずないでしょう」
何事もないように切り返したが、静貴の表情は晴れない。
なにか思いつめたような様子で、苦しげにも見える。眉間に皺を寄せたまま、静貴は何も口に出さない。
「彼は危険なんだ。栞那、君は自覚した方が良い。彼のせいで、どれだけの人間の人生が狂わされたかを……!」
「落ち着いて! マックス、静貴を止めて!」
マックスは静貴が遊んでくれるとでも思ったのだろうか、喜んで静貴に飛びつく。静貴は咄嗟に受け止めきれず、尻餅をついた。
マックスに舐めまわされながら、段々と静貴の表情は晴れていった。
「すまなかった。君を疑うなんて」
マックスを諫めて離れさせた頃には、彼はすっかり落ち着きを取り戻していた。
マックスは遊び相手をとられたと思っているのか、少し離れた所で不貞腐れている。
「―――ううん、でも急にどうしたの」
「彼は、否、あの組織がすべての始まりだった。栞那。君の母親を殺したのも、君の祖父を脅し続けているのも、彼らだよ。もともとは、彼の父親の始めたことだ」
「まさか……。おじいさまが脅されているなんて。そんな素振りどこにもなかった」
「否定できるのかい? 君は遠藤氏と、僅かしか共に過ごしていないのに?」
確かに、栞那は数日間の祖父しか知らない。数日間程度なら誤魔化されてしまうだろうと言われれば、否定する手段はない。否定するほど、祖父のことに詳しいわけでもないのだ。
けれど、祖父のあのひととなりが偽りだとは、どうしても思えなかった。
(根拠はないけれど、でも……!)
「おじいさまを脅したって、利益なんてないでしょう」
「あるじゃないか。……なにせ遠藤氏は、色々な人と縁がある。その人脈は計り知れない」
祖父は社長・会長を務めていた会社も、かなり大きな会社だった。今は引退し、全く会社に関わりはないが、縁のある人たちはいるだろう。その縁が、重要なら―――。
「私のために、おじいさまが会社を裏切るとでも?」
「可能性は否定できないよ。遠藤氏はもう年だ。孫娘の未来と自分の未来、どちらが長くて貴重かは、十分理解しているさ」
栞那には、否定する言葉が見つからなかった。
2015-04-05