それから、妙にマックスに懐かれてしまった栞那は、静貴のお願いもあり、自分の寝泊りする部屋に、マックスを招きいれた。どうやらマックスは決まった自室や小屋があるわけではなく、今までは静貴の部屋で過ごしていたらしい。といっても、昼間は好きなように屋敷を歩き回っていたので、マックスが彼の部屋に来るのは、使用人がごはんを用意する朝と昼の他は、寝る時間だけだったそうだ。
昔は小さな部屋に一人で寝かせていたらしいのだが、夜になると無駄吠えするようになり、仕方なく静貴が付き添って様子を見たところ、まったく無駄吠えをしなくなったという。それからというもの、必ず誰かのいるところで寝かせるようになったという。かなりの寂しがり屋らしい。
すると寝ていたマックスが立ち上がり、こちらへ尻尾を振っている。落ち着かないように栞那の周りをぐるぐると回っている様子から察するに、遊びたいのだろうか。
「マックス? どうしたの? 遊びたい?」
元気よく一度吠えると、嬉しそうにお座りをした。栞那はマックスの用具が入っている籠から、リードと首輪を取り出した。それを大人しく座っているマックスにつけようとすると、気が先走ったのか、彼は立ち上がろうとする。
「ちょっと待ってね。リードを……。ほら、じっとして! 良い子だから」
慰めながら何とかリードを取り付け、部屋から出る。マックスは早く行きたいようで、強くリードを引っ張ってきた。
「それじゃあ、行きましょう。え? マックス、そっちは広間だよ」
マックスはお構いなしに進んでいく。彼のほうが長く屋敷にいるので、分からないはずはないのだが、まさか屋敷の中を探検する気だろうか。どれだけの家具が壊されるだろう。少し興奮気味のマックスなら、何か壊しても不思議ではないような気がする。
「栞那! ちょうど良かった、今呼ぶところだったんだ。マックス、お前が連れてきたのか? 上出来だ」
広間に出ると、マックスが走り出した。そこには既に静貴がいて、マックスは得意げに彼に向かって吠えた。静貴も笑って、マックスの頭を撫でている。
ここ数日で分かったのだが、マックスは褒めてもらいたいときだけは、誰にでも触らせるようだ。
「何かあったの? 急にマックスが騒ぎ出したから、きっと遊びたいんだろうと思ったんだけど」
「うん。ちょっといつもより刺客が多くてね? この広間が一番安全だから」
栞那に用意された部屋は、比較的奥にあって、なかなか見つかりにくい場所だ。けれど、一番安全なのは、屋敷の中央にある広間。ここはどの入り口からも一番遠い位置にあるし、たどり着くまでに多くの人々と接する。栞那の部屋にたどり着くまでよりも、人々の数は多いだろう。
「もしかして、マックスはそれを察して……」
「耳はいいからね。昔からそのために飼われているし、特に栞那は気に入られてるから、気合も入ってるようだ」
「気に入られている実感は無いのだけど」
マックスは確かにあまり誰にでも懐くわけではないが、それでもごはんをくれる使用人にはとても懐いているので、懐きにくいわけではないだろう。けれど静貴がなかなか触れないのなら、あまり懐かないのだろうか。
「いつもなら、仕方なくそばにいてやってるんだって主張したいのか、触らせようともしないんだ。かなり気に入られていると思うよ?」
「好まれることには、慣れていないから、ちょっと照れるな」
恨まれることはあれども、好まれることはない。そういう仕事をしてきた栞那にとって、行為を向けられることは少し恥ずかしいことだった。
「変なこと、言った?」
「いや。君のそういう顔、初めて見たから。だいぶ慣れてもらえたみたいで良かった」
「そういう顔?」
「安心しきった笑顔、っていうのかな。良い顔だよ」
静貴が嬉しそうにしている。その視線の先で、放置されたことに腹を立ててか、マックスが家具に悪戯をしようとしていた。
「恥ずかしい。……あ、マックス! ここで暴れちゃダメだよ」
栞那の声に反応して、すっかり意気地になったマックスは、伏せをして寂しそうにこちらを見つめていた。
静貴と共に笑いあってから、栞那はマックスへ呼びかける。
「マックス、おいで!」
嬉しそうに飛びついて来るマックスを支えきれずに、栞那が尻餅をついた。今日の服は静貴の姉が用意したという、パンツスタイル。ワンピースやスカートだったら、とても恥ずかしい思いをしただろうと、顔も知らない静貴の姉に、心の中で感謝した。
やがて使用人が片付け終わったことを告げに来るまで、栞那はマックスと静貴と共に、広間の一室で静かな時間を過ごしていた。
2014-12-07