The End of Summer

気づく

「おい、和幸! お前、いつまでへそ曲げてるつもりだ! 真子ちゃんを放っておいていいのかよ!」
 和真は臆せず和幸の部屋に入っていった。元々今日で帰る予定だった和幸は、既に帰り支度を始めている。和真は呆れて溜息をこぼしてしまった。なぜこの弟はこんなにもわがままに育ったのだろう。もっと周りを見れば分かりそうなことばかりなのに。
「兄さんは黙っていてくれ。悪いのは彼女だろう。人に怒っておいて、自分だって……」
「彼女が悪いだって? 悪いのはお前だよ。お前の周りに聞きまわる癖のせいで、彼女は親友にさえ相談ができないんだぞ!」
 再三彼女に黙っているように言われたことを思わず口走った和真は、もはや自棄糞になって、弟に怒鳴り散らすことにした。こうなったら二人が元に戻るまで、叫び続けてやろうとさえ思っていた。
「何だって? なんでそれが……」
「板挟みにされる側の気持ち考えたことがあるか? 二人揃って仲の良い友達が似通っているものだから、彼女はお前が誰かに相談していて自分が相談することで板挟みになるんじゃないかって、それをずっと気にしてたんだぞ」
 和真が落ち着いて答えると、和幸はすっと立ち上がって、和真の方を向いた。
「……兄さん、あそこのバス停、次何分だか覚えてるだろ?」
 高校時代になぜかバス停の時刻表を暗記した和真は、それからというもの、時間帯が変わっても全て覚えている。しかし殆ど役に立たなかった知識だったのだが、こんな時に役に立つとは、和真も思っていなかった。
「ん? ああ、三分後。ダッシュすれば間に合うぞ?」
「行ってくる」
 満面の笑みで言った台詞をさらっと聞き流し、颯爽と和幸が飛び出していく。我が弟ながら格好いいと思いつつ、和真は再びため息をこぼした。
「……ったく、最後まで面倒かけさせやがって。あの子くらいだなぁ、和幸をうまく扱えるのは。あれくらいで済むんだから、上出来だ」



「そろそろ、バス来るな……」
 真子は立ち上がって、公園前のバス停へと歩みを進めた。そこにはすでに何人か待っている人がおり、その列に並ぼうと、公園を出ようとしているところだった。
「―――真子ちゃん!」
「和幸、くん。……どうしたの?」
「ごめん。もっと、気を使ってやれば良かった。何も考えてなくて、そんな真子ちゃんが周りの事まで気を使ってるなんて思わなかったんだ。ああ、やっぱり僕は性格悪いなぁ」
 きっと、和真が全て言ってしまったのだろうと察した真子は、素直に謝る。
「そんなことないよ? ごめんね。私の我が儘なのに、勝手に怒って、勝手にあんな事言って……」
 思わず目線を下げると、和幸によって顔を上げられて、額が重なった。
「ううん。良いんだ。だってこうして間に合って、君に会えたから」
 その後、バスが来ても、真子は乗らなかった。
 結局その日は和幸を見送って、そのまま和幸の実家で休ませてもらえることになり、和幸の両親からお嫁さん認定されることになったのだが、この大きな騒動も、やがては笑い話となったほど、和幸と真子の仲がそれ以降悪くなることはなかった。


- end -