The End of Summer

思い出す

 和幸が真子へ想いを告げてから一年、二人は大学二年生になった。夏休みなどの長期休暇の際は、必ず和幸が帰ってきて、二人は一緒に過ごす時間が多くなる。
 大抵は真子が和幸の自宅にお邪魔するか、和幸の家の近くで過ごすことが多かった。二人して人ごみが好きではなかったので、あまり混んでいる場所へ行こうとはしなかったのだ。
 いつもの公園で、ベンチに座りながら、二人は寄り添っていた。その公園は子供よりも、散歩中の犬が訪れることが多く、二人はそれを眺めながら、他愛もない会話を楽しんだ。
「あの時は、本当に真子ちゃんとこういう関係になれるなんて、思ってもいなかったよ」
 和幸と真子は頻繁に会うことはできなかったが、それでも関係は良好だった。なぜ遠距離でそれだけうまくいくのか、周囲に何度聞かれても、真子には分からなかった。ただお互いが、本当に信頼し合っているのだろうかとも考えたが、そもそも和幸の方が真子を大切にしてくれる節があるし、どちらかといえば和幸が強く想ってくれているからだろうと思う。そして自分も、そんな和幸を好ましく思っている。
 恋人という関係に慣れていない真子にとって、好きと正直に表すのは、とても難しいことだった。けれど和幸は、それを受け入れてくれたし、未だにお互いに名前を呼び捨てにしたりしないのは、真子が慣れていないからという和幸の配慮も大きい。
「それなのに、あれだけ念入りに私のこと探っていたの? 最初から自信があったのだと思ってた」
「まさか。自信がないから、周囲から固めたんじゃないか。そうしたらもう、逃げ道なんてないだろう?」
 和幸らしい、冗談なのか冗談ではないのかわからない、けれど嬉しい言葉。
 このままこの関係が続けばいい。いつまで続くかはわからないけれど、真子は、この人が最初で最後の恋人だろうと思っていた。
「そうだね。見事に捕まっちゃった。……ね、和幸……くんの話、聞きたい」
「僕の話? あぁ、真子ちゃんの周囲を固めたときの?」
 言い方が露骨すぎないかと思わず苦笑すると、本人も自覚があるようで、少し笑みを零した。
「うん、だって私のことは、全部聞いてるんでしょう? 私だけ知らないなんて、不平等じゃない」
「そうだなぁ」
 「うーん」と、少し考えはじめた和幸の方を軽く叩いて、真子は頬を膨らませる。
「ちょっと、勿体ぶらないでよ……和幸くんの意地悪!」
「分かったって。でも、格好良い話じゃないから、あんまり言いたくないんだけどな」
 和幸は何もかも、真子に格好つけたいようだ。けれどそれを隠そうとしないのが和幸らしい。彼は決して気取ったりはしない。真子の望むことは―――悪いことでない限り―――叶えてくれる。真子が望めば、きっと可能な限り全力を尽くすだろう。
 真子はそんな和幸の律儀さが好きだった。
「もう! 全部漏らされてたって知って、恥ずかしかったのは私もなんだよ」
「ごめん。ちゃんと話すよ。そもそも、僕、ずっと誰かと付き合うとか、あんまり興味なかったんだよね―――真子ちゃんと出会うまではさ」
 それは、自分も一緒だと、真子は思った。もしかしたら、お互いにその意識が強いから、遠距離でもうまくいっているのかもない。
「……」
「真子ちゃんがいなかったら、きっとずっと一人だっただろうな。えっと、ちょっと昔の話からになるけど、いい?」
 彼の昔話を聞くのは初めてで、少し真子の心情は複雑だった。
 けれど同時にとても楽しみでもあって、真子は迷わず頷いた。
「うん」
 それが自分たちの関係を変化させる出来事になるとは、和幸も真子も、考えていなかった。