The End of Summer

微笑む

「―――真子ちゃん? ちょっといいかな。」
 昨日俊明と一方的に別れてから、何度も連絡があった。授業が重なることもあったし、早妃から連絡が来ることもあった。真子はそれを全て無視したため、俊明の二股話は今日だけで学校中に広がってしまった。
 真子を慰めてくれた友人たちもいたが、真子は独りを好んだ。もう同じ思いはしたくないと、他の友人と話さなかった。
「どうしたの? 優希ちゃん。」
 あまり話したことがあるわけではなかった。けれど無下に追い返せず、彼女の後を付いていった。
 そこにいたのは、他でもない、俊明だった。振り返り戻ろうとする真子の手を掴むと、俊明は必死に真子に言った。
「―――真子ちゃん、聞いて。俺は……。」
「もういいよ。もう何も聞きたくない。……2度も独りになるのは嫌だよ。1回だけで十分。」
 俊明の手を振り払うと、真子は自分の元いた場所に戻っていった。


「―――もう、8月も終わりか。」
 あれから真子は携帯を変えた。どうしても消せない2件の連絡先には、未だに連絡が出来ていない。しばらくはあらぬ噂も流れたが、その中で新たな友人と出会うこともできた。その友人は真子をしっかり叱ってくれる友人だった。
「……明日か。来てくれるのかな。」
 その後、何度か告白されることもあったが、とてもそんな気にはなれず、全てその場で断ってしまった。
 ずっと待っていたその日を迎えるのが、なぜか辛かった。

「いつから待てばいいんだろう? やっぱり、行くのやめようかな……。」
 夜になると、焦りは頂点に達していた。会いたい気持ちと、会えないという現実的な予想が、胸の中を行き交っている。
(メールアドレスでも聞けば良かったかなぁ。)
 あまりに急な出来事で、連絡先は愚か、高校名や苗字すら聞いていない。それでは探しようもない。探すのは困難だろう。
 すると、手の中にあるスマートフォンが震えた。同時に流れたメロディーは電話のものだった。真子は驚いて、友人に教わった通りにロックを解除し、電話に出る。知らない番号からだった。
「はい、どなたでしょうか。」
「真子ちゃん? 久しぶり、僕のこと覚えてる?」
 その声は、他でもない、和幸だった。
 真子は動揺を隠すことができなかった。なぜ和幸が電話番号を知っているのかはわからなかったが、話せて喜んでいる自分がいた。
「うん、久しぶりだね。元気?」
「お陰様で。こっちも志望校に合格できたよ。そっちもでしょ? おめでとう。」
 和幸は知らないはずの情報を知っている。真子は記憶を遡ったが、和幸と縁のある人物など自分の周りには思い浮かばなかった。
「そちらこそ。でも、何でそれを知ってるの?」
「ああ、合格の話は菜々ちゃんだっけ?あの子から報告が来たんだ。最近大変なんだって話は別から。」
 思い返すと、菜々の通っていた進学塾は、他校の生徒が多かった。その縁で知り合いだったのだろう。
 もしかすると、彼に真子の地元の風景を教えたのは彼女かも知れない。ちょうどその数日前に彼女が遊びに来ていたことを思い出して、真子は苦笑した。
「え? 大変って……。」
「俊明のこと。中学からの友達なんだ。あいつ不器用でさ。真子ちゃんがトラブルに巻き込まれやすいって菜々ちゃんに聞いてたから、それ阻止してやってくれって頼んどいたんだけど、まさかあんなこと言い出すとは思わなかった。嫌な思いさせてごめんね?」
 真子は思わず親友を恨んだ。全ての原因は親友の一言だ。けれどそのみんなの気遣いが嬉しかった。
 真子は断れない性分で、返事をしないうちに付き合いが始まり、結局曖昧なまま交流を絶つことが多かった。そのせいで、何度か相手に恨まれてトラブルとなっていた。
「そうだったんだ……。まさか、友達だったなんて思わなくて。どうしよう。私散々酷いこと言っちゃった。」
「あぁ、いいのいいの。早妃ちゃんが『思っていたこと言ってくれて助かった』って言ってたよ。実際に二股するつもりだったみたいだし?」
 和幸は愉快そうに話している。その声には余裕があった。
「それで、明日のことなんだけど。駅まで来れる?」
「帰ってきてるの? うちの大学じゃないよね。大丈夫なの?」
 きっと和幸は県外の大学に進学したのだろう。それなら、帰ってくるのは一苦労のはずだ。そんな余裕があるのだろうか。
 心配の気持ちとともに、会えるという現実が湧いて、真子は自分の胸が踊っていることに気がついていた。
「もう今日から実家だよ。真子ちゃんに会いたいんだ。」
「え? 彼女さんは大丈夫?」
「―――僕には真子ちゃんだけだよ?」
 真子は、真剣さが込められたその一言を、ただ聞くことしかできなかった。
 鼓動が早くなる。今までに味わったことのない感覚に、真子は戸惑っていた。
「それは……。」
「遠距離になるけど、いい?」
 見えるはずのない相手に頷いて、真子はただ涙を流していた。
 電話越しで和幸が一安心していることに気がつかないくらいに。


- end -