01

「―――お呼びだ」

 扉越しに放たれた声は、まるで機械が発しているかのように淡々としている。そこから分かることは、その声の持ち主が男性であることだけ。その声の低さは、さすがに隠し切ることは出来ないのだろう。扉がわずかに開けられ、そこから籠が入れられる。

 栞那(かんな)はそれを手に取ると、中身を確認する。中には下着や靴、ドレスが入っていた。それが仕事の服装だと理解した栞那は、おもむろに着替え始める。籠に入れられていた黒い袋に着替えを入れると、再び扉から籠を外へ出した。するとわずかな物音と共に、人の気配が消える。

 部屋には机と椅子、その上に置かれている一冊のノート、一本の万年筆、そして殆ど使われていないベッドの他には何もない。日々身につける洋服でさえ、この部屋には置かれていない。そもそもクローゼットも箪笥(たんす)もないのだから、服や下着を部屋に置いておくことは出来ない。部屋にある唯一の窓からは、光は一切漏れてこない。隣にビルが建っており、太陽がこの部屋を照らすことはない。

 栞那はいつも与えられた洋服を身につけていた。それは彼女の仕事の都合上、場合によっては服装が全く異なることがあるからだ。忙しいときには毎日全く違う装いで仕事をすることもある。そういう仕事をしているのだと、栞那は今まで気にしたことがなかった。

 人の気配がなくなったのを確認し、部屋を出ると、栞那はまっすぐに自分を呼ぶ主の部屋へと向かった。部屋の前につくと、扉がわずかに開いている。そして栞那が近づくと扉が大きく開けられ、中へと招かれた。

「主(ぬし)さま、お仕事ですか?」

「ドレスはきちんと着てくれたんだね。似合っているよ。さあ、仕上げだ」

 ソファーに腰掛けた主は、栞那の問いに答えることなく、指でその隣を指し示した。栞那は逆らうことなく隣へ腰掛ける。すると主が手にしていた宝石のついた首飾りを、そっと栞那につけた。それらはいつものことだった。しかしその動作がいつもより少し慌しく思えるのは、気のせいだろうか。

「……さて、今回の仕事は少し大事なんだ。申し訳ないけど、説明をする時間はない。この書類に詳細があるから、移動中に確認してくれ。もちろん、書類は車に置いていくんだよ」

 分かったね、と念押しされて、栞那は苦笑した。もう既に自分は子供ではないのに、と思ったのだ。確かに年齢的には子供だが、子ども扱いされる歳ではないと、栞那は思っている。栞那は今年で18歳になった。誕生日を知らない栞那は、いつも元日を誕生日と仮定して年齢を数えていた。

「それでは主さま、失礼します」

 席を立ち、振り向いて一礼すると、栞那は前を向いた。

 きっと今夜も帰りは遅くなるのだろう、栞那は出入り口で出会った―――この屋敷で暮らす唯一の動物―――子猫を撫でてから、屋敷前に待機している車へ乗り込んだ。

2014-06-01

良ければこの作品へ感想をお寄せください。