Episode.1 叶える決意(3)

 何もない日は暇だ。エルナはだいたい毎日、編み物や縫い物をして過ごしている。結界主の仕事は、月に1度、結界の柱へ力を捧げることで、それ以外は部屋に篭っているだけであるからだ。

 全ては結界を保つため。そのためだけに結界主は大切に扱われている。

 否、大切にしているのは身体だけであって、心はその限りではない。過去には心を病んだ結界主もいたが、それでも力を捧げる任務は覆らなかった。結局彼女は身体も壊し、すぐに全ての結界主の交代が行われたという。

 結界主は10年の任期があるが、全ての結界主は同じ日に任務に就き同じ日に任期を終えるというのが慣わしらしい。理由は分からないが、独りでも欠けた場合、必ず全員を選出しなおさなければならず、結界主には過去に任務に就いた者の関係者は選ばれないという。

 部屋には光を取り入れるための窓があり、そこは開けることができるが、逃亡防止の為に騎士が結界を張っているため、生きるものが通ることはできない。その結界は部屋全体に張られており、騎士は結界主を逃がさない為に守護の任についている。守護とはすなわち力を守ること・・・・・・であって、結界主の生命いのちがある限り身体を守ることはない。

(それでもクルトは、優しい。……嘘をつかないから)

 結界主は国にとって都合のいい道具でしかない。それは国の誰しもが知る事実である。だから結界主は故郷に戻ることはできない。戻っても周囲からは同情の目で見られるか、人質にとられて殺されるだけだからだ。

 結界主は国の重要な秘密をも知りうる立場にいる。だからこそ国も、結界主を務めた者のその後は補償せざるを得ない。人質として金と引き換えになるのなら、最初から金を与えればいい、という考え方らしい。

 足音が聞こえる、とエルナが小物を縫っていた手を止め、小さな机の上におくと、クルトが顔を出した。

「エルナ様、お時間です。……なぜ準備をなさってないんですか」

 クルトが目を丸くして机の上の縫いかけの小物を見つめると、溜息をついた。

 そういえば今日はその日であったと、エルナはそのときに気がついた。クルトが「外出禁止令・・・・・」を伝えてきてから、どうせ部屋からは出れるまいと、気にせずにいたのだ。

「先日、会議以外の用件での外出は禁じられたといったのは、あなたでしょう、クルト? ですから、何も準備はしてないのです」

 嘘をついてもこの騎士には通用しない。

 たった3年だが、彼がエルナの事を知り尽くすのには十分な時間だった。エルナはクルト以外と接することは禁じられていたので、何かあればクルトが呼ばれる。二人きりの時間はたっぷりあったのだ。

「屁理屈を仰らないでください。忘れたんでしょう。毎月の仕事ではありませんか。時間に遅れると報告が行くんですよ。二度と外に出られなくなってもいいんですか? いいですか、絶対に下手な真似はされないでください。私に庇える程度に抑えていただかなくては困ります」

 見た目によらず、何かと反発したがるエルナを、必死に抑える男―――それがクルトである。

「嫌です。せっかくの癒しの時間をわたしから奪うなんて、腹立たしい限りですよ」

「エルナ様、他の者が来る前に、私に従ってください。その姿なら、マントを羽織れば問題ないでしょう」

 彼は扉近くにかけられた、一つのマントを手にすると、エルナに着せる。エルナは堪忍して、立ち上がった。

「もう……仕方がないですね。ただ祈っているだけですし、行きましょうか」

 この国で一番警備の厳しい場所―――それが柱の立つ場所だ。

 国に5つあるその柱が、誰が作ったものなのかは、一切公開されていない。通常の結界より規模が大きい為、魔方陣を発動させる為には、それほどの何かが必要だったのだろうといわれているらしい。

 実際の真実は、王しか知らない。代々の王に言い伝えられているそうだが、それが公開されることはないだろう。

 柱の近くで、独り祈りを捧げる。それだけで結界は強固なものとなり、それを怠ると段々と弱まっていく。

 あるとき、エルナが一日熱で寝込み、祈りを捧げられずにいると、日に日に結界は弱まっていった。クルトに支えられながら熱のある身体で、真夜中に祈りを捧げたことは、今でも忘れない。その瞬間、結界の柱が輝き始め、結界が修復されていったことも。

「それに、なんだか放っておけない気がするんです。ただの柱じゃない気がして」

 先ほどまで嫌がっていたのが嘘のように、笑顔でエルナは歩き出した。

 その一歩後ろで、クルトも微笑んでいた。