04

 他愛もない、彼らの中ではごくごく一般的な会話が続いていく。知識としてそれらを知っていた栞那は、動じることなく受け答えしていた。そろそろ祖父が戻ってくるだろうかと思っていた所で、自らを見つめる違和感のある視線に、栞那は気がついた。その視線に僅かな殺気が込められているように感じられたのだ。

「どうかされましたか?」

「いいえ、……慣れない場所に来て、体が驚いてしまっているだけです。人の視線が―――」

 栞那が言い終えぬうちに、視界が乱れ、強く腕を引かれた。静貴の鋭い声が聞こえ、気がつけば目の前には彼のものであろう背中が写っていた。

 倒れこむ男、取り押さえる警備員やスタッフたち。ふと下を見ると、そこにはナイフが転がっていた。折りたたみ式のナイフが、まだ完全に開かれていない状態で。

 何があったのか、それは問うまでもない。大企業の元会長とあれば、誰かしらの恨みを買っていても可笑しくはないだろう。警備は確かに厳しかったが、今から後ろめたいことをしようとしている人間が正面から忍び込むとは思えない。見たところいくつか気になる点があった。そこから進入していたのだろう。スタッフに紛れてしまえば気づかれまい。抜け穴はいくらでもあるのだ。

「大丈夫ですか? 危なかったですね」

「一体何が……どうしたのですか」

 彼が少し体をずらし、視界が開けた。そこにいたのは、見覚えのある顔―――。

(何故彼が此処に……私を狙って?)

 いつも決して姿は見せなかった男性。彼はかつて栞那と訓練を共にした男だ。彼は結局試験に落ちたため“外勤”を許されず、“内勤”をこなすようになり、顔を合わせることはなくなった。否、顔を合わすことを禁じられていたといっていい。なのでいつも皆に顔を見せず、着替えなどを各部屋へ運ぶのが役割だった。

「静貴! 二人とも無事か」

「ええ、無事ですよ。警備は万全だったのではなかったですか?」

 静貴が険しい表情で応えた。それとともに投げかけられた質問には、なぜか怒りが含まれている。

「上手くスタッフの中に紛れていたようだ。狙いは間違いなく、お嬢さんだ」

「私が、なぜ……?」

 栞那は焦っていた。彼は外勤でこそないが、栞那の仲間に違いない。そんな彼がここにいるということは、外に出すことを主が許可したということだろう。それはつまり、主が栞那を邪魔だと思っているということだ。

 今回栞那に本名を名乗らせたのも、明らかに目立つ立場で潜入させたのも、その為なのだろうか。そうなのであれば、栞那には未来はないだろう。栞那は関わっていないが、主が行っているのは情報収集だけではない。時には荒い仕事も引き受けると聞く。情報を聞き出すためには手段は選ばないのだ。

「―――栞那、栞那! しっかりしなさい!」

 胸が苦しくなり、息が荒くなっていく。何処からともなく吹き溢れてくる不安に、栞那は包まれた。視界が狭まっていく。

 苦しさは途切れぬまま―――栞那は意識を手放した。

2014-06-16

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