昔々、あるところに、小さいながらも、土地や資源に恵まれ、周囲の大国と対等な位置にいる、国がありました。

 周囲の大国は、その国を丸め込もうと、必死になっていました。

 小国にはたったひとり、王女がおりましたので、周囲の王子たちは、王女に求婚しました。

 すると王女は、こう答えました。わたくしが満足するものを持ってこられた者の妻となりましょう、と。

 大国の王子たちは、こぞって国の国宝を手に、王女の下を訪れてきます。

「お前、何を持ってきた? 噂では、あの姫君は自国の国宝でさえ満足しないという。貢物も珍しいものでなければ、見向きもされんぞ」

 大国の王子たちは、それぞれ国を代表し、どうにかして小国を手にしようと、国中の宝をかき集めました。

 4つの大国からそれぞれの王太子が、そして1つの小国から第2王子が王女の下へ集まります。大国の王太子たちは、我こそが王女に相応しいと、自らの美貌と権力と財力を、王女に語って聞かせました。

 王太子は誰もが王女と近しい年齢でした。第2王子も例外ではありませんでしたが、小国の王位を継げぬ王子になど目向きもされぬだろうと、誰も彼を相手にしません。

「我が国に代々受け継がれる楽器だ。王家の女しか手にできない代物だ、これなら……」

「皆様、姫様がおいでになります。お品を前にお出しくださいませ。姫様がお声をかけられるまで、何もお話になりませんようにお願いします」

 広間に呼ばれた王子たちの会話を遮るように、女官が告げました。王子たちはそれぞれの席に立ち、自らの配下に命じて目の前に品を並ばせます。宝石や装飾品を多く集めるた者、珍しい花をそろえた者、国の宝を持つ者など、貢物は人それぞれです。

 しかし小国の第2王子は、全く動きません。貢物なしでよくもこの場に来れたものだと、4人の王太子たちは馬鹿にしたように笑っています。敵は少ないほうがいいのです。彼らはきっと彼は選ばれないだろうと思いました。

 やがて王女が部屋へとやってきて、5人の王子たちに礼儀よく挨拶をすると、それぞれの品を見て質問を始めました。どの品を見ても同じ反応で、王女はどこかつまらなそうにしています。

「そこのお方、なぜ何も持ってこなかったのですか? 一体どうやって、わたくしを満足させるおつもりですの?」

 王女は首を傾げています。第2王子は立ち上がり頭を下げたまま、彼女の質問に答えていきました。

「失礼ながら、王女様のご趣味も存じなければ、満足させられるような良い品も、私は持っておりません。それならば、正直に身一つで参ろうと思った次第です」

「あら、初めから諦めておいでなのですね」

 王女の笑い声にも臆さずに、彼は、自らの意見を述べていきます。他国の王太子たちは、言い訳だと嘲笑っていますが、彼はそれにも反応しません。

「いいえ、それは違います。王女様。私は目に見えるものだけが全てではないと思っています。私は第2王子で、他の方のように権力や財力が優れているわけではありません。ですが王女様がたとえ王女でなくても、こうして求婚したでしょう。私がここに来たのは、王女であるあなたではなく、一人の女性として、あなたを妻にしたいと思ったからです」

 王女は眉を潜めて、疑うように、口元を隠しています。彼の言葉は信用できないのでしょうか、周囲も同じように怪しむように彼を見ています。

「お会いしたこともないのに、大層なことを……。品が間に合わなかったのでしょう? 正直に仰ってください」

「それではお伺いしましょう。王女様が満足なさるお品とは、一体何なのでしょうか。私には、あなた様のお目に適う品が、この世に現存するとは思えぬのです。あなたが欲しているのは、物ではないのでしょう」

 王女はいっそう眉を潜めると、震える声で問い返します。王太子たちは王女を怒らせたのだと、溜息を零しましています。

「もしあなたの仰るとおりだとするならば、わたくしは一体何が物足りないのだと思いますか?」

「心。あなたの本当の姿を見て、それを好んでくれる男性を、あなたは探している」

 第2王子はいつのまにか顔を上げて、王女の目を真っ直ぐに見つめています。王女は震える手を胸の前で握りながら、王子を見つめていました。すると女官の方を振り返り、一言、「彼にあれを、渡してください」と告げます。

「姫様、しかし……」

 女官が渋るのを見て、王女は叱責しました。その様子に、他の王太子たちは驚いています。

 王女が一体何をしようとしているのか、それが分からなかったのでしょう。

「お父様からは、わたくしの好きなようにすれば良いといわれています。わたくしが選ぶのは彼です。……どんな私でも、受け入れてくださるのでしょう?」

 王女が手にしているのは、代々の王女が王から授けられる腕輪です。ひとりひとりに合わせた装飾になっていて、王女たちにとってそれを異性に渡すことは、求婚を意味するのです。

 つまり彼女の答えは。

「私が求めるのは、あなたの心です。この国でも、その美貌でも権力でも財力でもありません」

 第2王子は何事もないかのように、それを受け取りました。王女は微笑みながら、彼に手を差し伸べます。

「十分ですわ。それこそ、私が求めていた人です。この国の全て、あなたに差し上げます」

「いいえ、それはいけません。この国には既に、跡取りとなる王太子がいらっしゃいますから」

 王女の手を取らない第2王子を見て、王女は怒ることもありません。彼の手を優しく包むように両手で握ると、嬉しそうに、王子を見上げました。

「―――ふふふ、さすが私の選ぶ方ですわ。あなたなら、わたくしを利用してこの国を滅ぼすこともないでしょう。わたくしの全て、あなたに捧げましょう」

 それからというもの、小国であった2国は互いに助け合いながら国を栄えさせ、やがて一つの国として、その大陸の歴史に名を残すことになりました。

 そのきっかけを作った王女と、第2王子の話は、御伽噺として、今もその大陸で人々に愛されています。