「いいよなー。天才くんはさ。どうせ今回の数学のテストだって、勉強してないんだろ? 羨ましい限りだ」

 幼馴染の男は、テストがあるたびにそう愚痴ってくる。その度に俺は同じ言葉を返してきた。

 何度言い返しても同じ台詞を言ってくるので、おそらくわざとなのだろう。彼が本当は自分と変わりないくらいの頭脳の持ち主だと、俺は知っていた。

「馬鹿言え。俺はどっちかといえば秀才だっつーの。ちょっと勉強しただけで全て覚えられるような天才委員長と俺を同じにするなよ」

 委員長とは、図書委員長のことである。

 彼女はなぜか、周囲から名前ではなく、委員長と呼ばれることが多い。それは彼女の頭脳の良さも関係しているのだろう。数学に限っては学年随一の頭脳を持つ彼女は、俺には到底叶わない。

 ただしそれは、数学に限ってのこと。なぜかその他の教科ではそこまでの能力がないようで、俺と変わらないか、それ以下のことが多かった。

(俺より悪い時だって、結局数学との差で学年トップは向こうだからな)

 数学はオール満点、他のテストも90点越えの彼女にかなうものはいない。俺も90点以上をキープしているが、それだけでは彼女にはかなわない。

「天才と秀才のどこが違うっていうんだよ」

「秀才は努力で能力を上げるが、天才は違うさ。あれは生まれ持った能力のようなもの、秀才には追いつけない壁があるんだよ」

 決して超えることのできない壁を、俺は感じていた。彼女は天才だ。数学に関係する知識の量は半端ではない。他の教科で数学を応用できる内容がテストに出たりしたら、誰よりも早くその問題を解くだろう。先生が文句の付けようもないくらいの模範解答で。

「そういや、委員長は数学以外はお前ほどいい点数じゃねえな」

「俺はお前が委員長の点数を把握してることの方が不思議だよ」

 これ以上話を続けてはならないと、俺は話題を逸らした。そこまでこの話に執着しない幼馴染は、あっさりと話題に乗る。こんなあっさりとしたところが、この男のいいところと言えるだろう。

「あ? 俺は自分から点数見せるから。それに、点数を誰かに教えたりはしねーからな、これでも。だからあっちも教えてくれんだよ。俺は馬鹿だからな、自分より点が良いんじゃねぇかなんて、気にすることもないからな」

「……自分でいうなよ。それにお前は馬鹿じゃないさ。やれば出来るって言うのに、やろうとしないから人並みにしか出来ないんだよ。もうすこし努力すれば、俺くらいになれるだろう」

 そんな俺の言葉には見向きもしない。いつものことだ。この幼馴染は、頑張ろうとする気がない。けれど絶対に平均点は取るものだから、憎らしいものである。

 なぜ赤点にならないのかと聞いてみると、授業で覚えると言っていた。つまり授業で最低限のことは記憶して、後は本番を待つだけというわけだ。テスト週間になっても暢気に遊べている彼がいっそ恨めしい。

「いや、俺には無理だ。委員長が認めない時点で、俺は天才どころか秀才にもなれないのさ」

「あ? 何で委員長が出てくるんだ」

 幼馴染は俺を睨むように見下しながら、すこし低い声色で返してきた。相手に怒っているときの態度である。けれど心当たりのない俺は、首をかしげた。

「俺が気づいてないとでも思ってんの? 俺が見るに、お前らは相思相愛の仲だと思うけどね。ただの勉強を教えあう相手じゃねぇんだろ」

「あっちは違うさ。……きっと俺に絶望してるだろう、今頃な」

 数刻前の教師との会話を思い出しながら、俺は何のことか問い詰めようとする幼馴染の声をBGMに、眠りについた。


「おい、聞いたか!? 委員長、海外留学だって! 学費や生活費は全額学校から出るんだと」

「ああ、知ってるさ。俺にも来たからな。断ったけど」

 周囲は委員長の話題で持ちきりだ。その通りだろう。学校側が全額払って留学に送り出すなど、前代未聞のはずだ。否、他校ではあるのかもしれないが、この学校ではなかっただろう。

「最低! 自分から逃げたいだけじゃない!」

 左頬に痛みが走る。向かいに立つ生徒が、委員長であることに気がつくまで、時間はかからなかった。

「……もっと真面目な人だと思っていたのに。こんな愚かな人だなんて思わなかったわ」

 瞳に溢れんばかりの涙を抱えながら、それでも涙を流すまいと耐える委員長の姿は、いつもの毅然とした彼女とは一味違っていた。

「お幸せに」

 俺の言葉に、彼女は涙を零すだけだ。止まらない涙に、彼女は戸惑っていた。

 これは俺にとって初めての恋で、初めての失恋の経験であった。