男は独りだった。母親を幼い頃に亡くし、父親に育てられた。その父親が昨年事故で亡くなってから、男は今までにない孤独感に苛まれた。

 母親も父親も天涯孤独の身の上で、親類はない。男は独りになったのだ。

 男は三十路を超えていたが、子はおろか、妻さえいなかった。男は地位も容姿も申し分なかったが、それを目的とする女たちを嫌い、良い女性に恵まれなかったのだ。

 男には天涯孤独になってからできた恋人がいた。彼女もまた、天涯孤独の身だった。そしてお互いの孤独さに惹かれていた。けれど彼女は、男が天涯孤独であることを知らなかった。そのため、男の願いを受けいれてはくれなかった。

 これで何度目だろうと、男は思い返す。天涯孤独になってから住むようになったマンションで彼女と出会い、半年ほど付き合った先月から何度かプロポーズもした。でも彼女は、必ずその場で男の誘いを断った。かといって、男と結婚したくないわけではないとも言った。

 男には彼女の気持ちがわからなかった。彼女とは5つ年齢が離れており、男よりも容姿に恵まれていた。そして、性格も綺麗で、男と付き合ってからも何度も告白されているのを、男も知っていた。その全てをはっきりと断ってきたのだから、男のことを大切に想っているのは確かである。結婚を妨げるものは何もないはずだった。

 男は何度も考え、彼女がなぜ結婚してくれないのか尋ねた。彼女は不満があるわけでも、男と結婚したくないわけでもない、と言った。それなのに、今は受けられない。その一点張りだった。

 男はついに限界に達し、別れ話を切り出されても構わない覚悟で、彼女に問いた。

「素直に言ってくれ。他に好きな男でもいるのか。俺ではダメなのか。」

 また話をそらされるのだろうと覚悟した男に、彼女は戸惑いながら告げた。

「―――あなたと一緒になりたい。でも、私と一緒になることで、あなただけでなく、あなたの家族までもが失われてしまうようで怖いの。もう誰も失いたくないの。」

 彼女は高校生の時に事故で両親を失っていた。原因は彼女がちょっとした言い争いで家を飛び出したことだった。探しに出た両親が事故に遭い、帰らぬ人となったのだ。周りは彼女を慰めた。悪いのは彼女ではなかったのだと。けれど彼女はずっと自分を責めていた。自分が家を飛び出さなければ、両親が自分を探しに行くこともなかったのだと。

 ずっと罪の意識にとらわれているのだと、彼女は言った。

 男は思わず彼女を抱き締めていた。強く強く抱きしめて言った。

「俺もだよ。俺も、独りだ。だからもう、何も怖くなんてない。」

 男の父もまた、交通事故で亡くなっていた。男も同乗していたが、父親は助からなかったのだ。

「俺と結婚してくれないか。もう、独りでいる必要はないんだ。」

 彼女は涙を流しながら、ひたすら頷いていた。そして男の胸に飛びついて、「お願いします。」と呟いた。