『また家に行くよ。君が大人になったら』

 そう言って、大好きだった幼馴染が消えてはやくも5年が経った。あの時十五歳だった結花はちょうど1ヶ月後、二十歳の節目を迎える。

 七月七日の七夕の日、それが結花の誕生日だった。けれど七夕というのは忘れられがちで、今まで友人に誕生日を祝ってもらったことは数えるくらいしかない。

 今年も忘れられているのだろうと思っていた矢先、高校時代の親友から、『七月七日は予定を空けておいてね』と連絡が来た。その親友も、結局高校三年間で一度だけしかお互いに誕生日パーティーはできなかったが、当日には必ずプレゼントを用意してくれた。

(ハタチだから、無理してくれてるのかな…)

 結花の通っていた学校は地元では有名な商業高校で、結花は進学し地元を離れたが、その友人は就職して地元に残った。

 そのため、春休みに地元へ帰ると、駅で待ち伏せされ、その1年の出来事を洗いざらい吐かされるのは、もはや毎年の恒例行事であった。

「まぁ、予定合わせれば2日3日くらい帰れるか…。」

 出来る限り早めに単位を取得して、後半を楽に過ごしたいというのが結花の計画だったが、せっかく友人が祝ってくれるなら、誕生日の前後は暇を作ろう。

「―――え? 1ヶ月後くらいに休みがほしい?」

 アルバイト先の店長に、誕生日前後に休みを取りたいと伝えようと、閉店間際に話しかけると、店長は不思議そうな顔で問い返した。

「結花ちゃん、誕生日7月だっけ? なに、やっと彼氏できたの?」

 店長はバイトの子の恋愛関係はすべて把握したがる癖がある。去年別れてから、未だ次の彼氏ができないことを心配しているのだ。結花が苦笑して『友人に会うんです』と伝えると、残念そうな顔をした。

「好きなだけ休んでって。足りない人手は男たちでまかなえるから。」

「すみません、ご迷惑おかけします。」

 結花が頭を下げると、店長は呆れたような慰めるような声で、「いいって」と言った。

「結花ちゃんくらいだよ、遅刻も早退もしないのは。うちのバイトはすっかりサボり癖がついちゃってるから。だからたまには休んで?用事がない日は毎日来てくれて助かってるよ。うちはバイト少ないから。」

 もう一度頭を下げて、結花はその場を辞した。

 バイト先から駅までは少し距離があるが、お店自体はそれなりに繁盛している。ただあの店長の性格がアダとなってか、あまりバイトが居着かないようだ。

 結花は携帯をあまり見ない。というのも、最近の流行りのスマートフォンではなく、折りたたみ式の携帯を愛用している。理由はタブレットを持っているからだ。

 ただ、タブレットはスマートフォンなどと比べるとサイズが大きく、外ではなかなか使えない。かといってあまり携帯で連絡を取らないので、携帯も見ないのである。

 電車の待ち時間に携帯を開くと、親友からメールが来ていた。結花が外ではメールしか確認しないので、最近ではSNSだけでなくメールでも連絡をくれるようになった。電車の中で確認すると、同じ内容がSNSで届いていたりするが、気にしたことはなかった。

『七夕の日、集合は結花の家で。待っててね。』

 仕事もあるだろうに、わざわざ有給を使って来るのだろうか。結花は『来てくれるの?じゃあ、待ってるね。』と返信し、携帯を閉じた。ちょうど電車がやってきたので、それからはタブレットを触っていた。

「…あれ?メール来てる。なんだろう。」

 家に帰ると、携帯が光っているのに気がついた。親友からだろうかと疑問に感じ、携帯を開いた。

『―――ううん、私は仕事♪詳しいことは当日のお楽しみね、じゃあね。』

 仕事なら、一体誰が来るのだろう。結花は首を傾げたが、戯言だと思ってその日は気にしないことにした。

「今日か。いつ来るんだろう…。」

月日はあっという間に過ぎ、七夕当日。あれからやはり気になって、親友に何度聞いても教えてはもらえず、一体誰が来るのか謎のままだった。時刻は昼前、もしかしたら付くのは昼過ぎなのかもしれない。それ以前に、迷子になってはいないだろうか。

 そのとき、家のチャイムが響く。結花は慌てて駆けていき、相手を確認せずにドアを開けた。

「久しぶり、結花。」

 そこにいたのは、5年間音信不通だった、大好きな幼馴染の姿だった。

「―――なんで…? 5年間どうしてたの? 連絡もくれないで。心配したんだよ?」

 玄関先で、思わず結花が責め立てると、幼馴染は微笑んでこう言った。

「結花以外は、みんな知ってたよ。…留学してたんだ。先月戻ってきた。」

 母も、父も、あの親友でさえ、地元の人間は聞いていたという。みんなして自分に隠し事をしたのかと、少々腹立たしかった。

「ねぇ、結花。…今は彼氏いる?」

 幼馴染の突然のセリフに、結花はただ首を横に振った。

 すると幼馴染はそのまま結花を抱き締める。

「僕じゃダメかな…。」

 突然の、でも心の底で待っていたセリフに、結花はただ涙を流すことしか出来なかった。