即興小説トレーニングより転載 お題「猫の手」

猫の手も借りたいとはこういうことですか


 猫の手も借りたい。
 そんな状況に陥ったことは、誰にでもあるでしょう?
 私の場合は、よく夜に起こるんです。


 例えば何も予定のない休日、ゆっくり家で休んでいると、何か忘れたような心持ちになるんです。でも、いくら思い出そうとしたって、その時は分かりません。
 そしてね、夜が近づいて、最後に明日の持ち物を確認しようってときに限って、思い出すんですよ。―――翌日提出で、出さないと赤点の宿題とかを、ね。
 何でこう、高校生になったのに直前まで気づかないんだろうって自分を責めながら、私、その日も夜に宿題をやっていたんですよ。答えがなくって、しかも苦手な数学。でも空白があると突き返されて未提出扱いにされるので、間違ってても埋めて提出するんです。朝に教科担当の子に提出して、空白がないのを先生が確認して、授業で答え合わせします。とにかくなにか埋めなきゃいけないんですけど、だからって、明らかに間違っている答えをいくつも書くわけにはいきません。先生に見透かされて、突き返されてしまいますから。

「分からないものは分からないのに!」
 問題は全部で30問。時計の針は、夜の11時を示しています。朝起きるのは6時。寝るのが遅くなるほど翌朝は辛くなってしまいます。
「数学か? 教えてやろうか?」
 ふと耳元で聞こえた声に驚き振り向くと、そこには幼馴染がいます。同い年の幼馴染は、世間ではイケメンと呼ばれる類の顔をしています。部屋の電気を消して机の電気だけつけていたので、気付かなかったようです。彼は部屋の電気をつけると、私のベッドに座ってこちらを見ています。
 幼馴染と我が家は隣同士の一軒家なのです。でも今、お隣のお父さんは長期出張中。お母さんはたまにお父さんへ会いにいくため、その度に我が家に泊まります。高校生になったのに、彼は家事は一切できないのを哀れに思った母が招き入れるようになったのです。それからというもの、母親が不在の旅にうちに来ます。迷惑なのですが、大学生になって家を出ていった兄の部屋が空いていて普段はその部屋にいるので、文句も言えません。彼が来るたびに嬉しそうに食事を振舞う母の姿を見てると、なおさら文句なんて言えないんです。
「必要ないよ! 誰があんたの力なんて借りるもんですか」
「でもさ、もう11時だろ? お前、睡眠は6時間以上取らないと昼間もたないんじゃなかったの? 」
「なんでそれを」
 私の言葉には応じず、嬉しそうに笑います。もう、なんたって憎たらしいんでしょう!
「お代は……」
「今までの宿泊代と食事代! 十分でしょう」
 近づいてきた唇を押し返すと、不満そうな顔をします。ただの幼馴染にキスなんてさせるものですか。
「これからもよろしく、な」
 どうやら猫の手―――借りれそうです。
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