『あなたとともに』


「朋子!起きなさい。今何時だと思っているの?」
 母の声に薄目をあけた朋子は、休日であることを確認すると、再び布団をかぶって呟くように言った。
「日曜日くらいゆっくり寝させてよ。」
「卓哉さんから電話よ。携帯マナーモードでしょう?あなたが電話に出ないから、わざわざ家の電話にかけてくださったのよ。」
 卓哉とは朋子の婚約者だ。どちらかといえば田舎といえる故郷で暮らす朋子と違い、東京で父親の経営する会社に勤める跡取り息子で、朋子より一歳年上である。
「…おはようございます、朋子です。…ええ、大丈夫です。はい……え?海外赴任?」
 卓哉は朋子の体調を尋ねたあと、来年4月に海外赴任することになった、と告げた。

『本当は今年の予定だったんだ。けれど、今年一杯で君も大学を卒業できると思って、保留にしていたんだ。…無理にとは言わないよ。』
「いえ、大丈夫です」
『就職はいいの?話があったのではなかったかな。』
「いずれは辞めることになりますし、卓哉さんをひとりで行かせるわけには参りません。」
『君がそれでいいなら構わないよ。それじゃあ、詳細が決まったらまた知らせるよ。くれぐれも体調には気を付けてね。』

 忙しいのか、電話はすぐに切れたが、短い会話でも卓哉の心遣いが伝わってくる。
(あと3ヶ月半か…)
 今は12月中旬である。すっかり冬景色に変わり、寒い時期になった。
 卓哉がくれぐれも体調には気を付けて、と言ったのは、幼い頃、冬になると朋子がよく体調を崩していたからかもしれない。
「朋子?卓哉さん何だって?」
「海外赴任することになったって」
「いよいよなの」
 母が驚く素振りすら見せずに言った。
「お母さん知ってたの?」
 母は微笑みながら頷いた。
「大学は卒業しておいた方が良いでしょう?だからって、あなたをひとりにするわけにはいかないって卓哉さんが仰ったのよ。」
 まるで自分のことのように嬉しそうに話す母を見ると、「本当は行きたくない」とは言えなかったことは、朋子だけが知る真実である。