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 結局、納得の出来ない栞那は、昼食後、マックスを連れて彼の部屋を訪ねた。

 栞那が静貴の部屋を訪れるのは、初めてのことかもしれない―――栞那は落ち着かなかったが、マックスはすっかり慣れた様子で、彼のベッドに乗ろうとする。彼は笑って止める様子がないが、流石にそれは申し訳ないので、マックスを呼びつけ、伏せさせる。すると楽しみを奪われたマックスは、少し不貞腐れた様子で栞那から顔を背けてしまう。

「聞いていい? ……なぜ、そこまでする必要があるの?」

 それだけで会話は成立した。彼は少し目線を上げて、遠くを見つめていたが、栞那を見つめると、静かに言葉を発した。

「栞那。悪いことは言わないよ。君はもう少し、人を疑う癖をつけたほうがいい。たしかにここにいる人間は、“親猫”ほど秘密主義ではないから、信頼できるのかもしれないが、ある意味彼よりも警戒すべきなんだ」

 秘密主義でないのなら、彼らが隠し事することはないということだ。お互いに隠し事をしない関係のほうがずっと良いだろう。

「そんなわけないでしょう」

 静貴は首を横に振った。目を伏せて、考え事をするように、黙り込む。そして唐突に、「“親猫”は、」と切り出した。

「彼は……全く情報を流さないだろう」

 それと一体何が関係あるのか。良く分からなかった栞那は、ゆっくりと頷く。

「仕事の話は、ほとんど聞いたことはなかったけど」

「彼は情報の全てを伏せる。どんなときでも。けれど、世の中にはこういう人間もいる。情報の一部だけを明かして、他人に勘違いをさせる―――そんな人間もね。秘密主義でないからと言って、一切隠し事をしないということでもないし」

 彼の言葉に、栞那ははっとした。確かに、秘密主義でないからと言って、なにも隠し事がないとは限らないのだ。

 ただ、“親猫”のように、全て秘密ではないというだけで、人であれば多少の秘密はあるものだろう。

「そもそも、秘密主義でないということは、隠し事はしないという反面、情報を誰にでも開示するという意味をあわせもつんだ」

 秘密主義でないことは、必ずしも良いこととは言えないということか。

 栞那は己の軽率さを憎んだ。何事も一概には言えないが、秘密主義でないということは、相手を信頼しているという意味と、口が軽いという意味がある。

 相手を信頼して情報を明かしても、相手が口が軽ければ、その情報は瞬く間に周囲へと広がってしまう。別に広まっても構わないことであればよいが、いくら秘密でないからと言って、情報が無闇に広がるというのはあまり好ましくない。

「この屋敷に、そういう人がいる?」

「まあ……“親猫”の家のように、この家の人々は、一致団結しているわけではないからね。意見の相違があっても仕方ない」

 半ば諦めているのだろう、静貴は苦笑していた。多少の相違は仕方がないから、自分達が流す情報をコントロール必要があるのだろう。

 栞那の周りは口が堅い人が多かったのか、必要以上に情報が他人にまわることはなかった。そもそも噂話さえ殆ど聞かない。そういう環境で育った栞那には、この屋敷の人々の“噂話”は新鮮だった。

「あの組織が、珍しかったの?」

「さあ? そうでもないかもしれないけど。この家は広すぎるからね」

「そうかも。あの家に住んでいた人数よりも、ここの使用人さんの人数の方が多い気がする」

「人が多いほど、団結力が弱まってしまうのは、仕方がないことだろう。何しろ、まとめるのも大変だから」

 人が多いほど、騒がしくなるように、人が多いほど伝わりやすいのは仕方がない。コミュニケーションのひとつとして、噂話は成り立っている。多少のお喋りは目をつむるほかないだろう。

「……秘密にした方が、いいんだよね?」

「出来れば。君がどうしても嫌なら、構わないけど」

 静貴の言葉に、栞那は黙って首を横に振る。足下のマックスを撫でると、彼は気持ち良さそうに尻尾を振った。

 そして静貴に別れを告げて、栞那は自室へと戻っていく。

 少しずつ、慣れればいい。この屋敷の暮らしは、今までの生活よりもずっと、一般的だろうから。

 きっとここでの経験は、この先役立つだろうと、栞那は思っていた。

2016-01-31

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