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 栞那を狙った刺客が、屋敷の奥まで入り込んだ日の晩のこと。

 使用人は全て下がらせている。既に外は闇に包まれ、人々が活動するような時間ではない。そんな中、屋敷で一番奥にあるこの部屋だけが、明るく照らされていた。

 ここは昔、まだ地位というものが確立されていた時代に、ほどほどの地位があった東條家の屋敷は、昔の名残が多い。その為か、当主の部屋というものがある。所謂(いわゆる)、父親の仕事部屋や趣味の部屋のようなものだ。もともと大きな家だから、部屋数も多いし、それくらいあってもおかしくない。ただひとつ、基本的に静貴の父以外の人間が立ち入れないことを除けば。

 静貴はどこか冷ややかに、父親を見つめていた。

「……子猫がかなり騒いでいるようですが、どうしますか。このまま放っておけば、彼女にも迷惑がかかります」

「いい、放っておきなさい。子猫が寄って集って騒いだところで、まだ子供。狼には敵わないだろう。それに彼女については自業自得だ。あいつらに関わったから悪いんだよ」

「しかし、遠藤さんとの約束はどうするんです」

「静貴、お前も考えた方が良い。世間で口約束ほど信用できないものはない、とな。これはこの業界に限ることではない」

 だからといって、昔からの知り合いとの約束を無下にして、彼女に迷惑などかけられるはずがないだろうに。静貴は思わず嘆息(たんそく)を漏らした。

 東條家は今でこそ大企業を支える資産家であり、静貴の父は社長業をこなしているが、その経緯には遠藤氏のサポートが不可欠であったと聞いている。それなのに、彼は全く彼への温情というものが無いようで、度々遠藤氏を裏切る素振りを見せる。

 信用してもらっているからこそ、遠藤氏は孫娘である栞那も預けてきたのに、彼女すら利用しようとしているのか。

「……あなたのような人には、なりたくない」

「だからお前には跡は継がせられないというんだ」

「心配には及びません。あなたの世話にはなりませんから」

 いつのことだっただろうか、もう今ではそのきっかけは思い出すことができないが、静貴はある日、「努力の人」だと思っていた父が、実際は「ただ利用できるものを利用しているだけ」であることに気がついてしまった。それは決して悪いことではないのだが、この(ひと)の場合はかなり悪質で、何か「自分さえ良ければ良い」という考え方が根本にあるのだ。それからというもの、「父の会社など継ぐものか」という反抗心が、静貴の心の片隅にずっと残っている。

「せいぜい頑張るんだな。綺麗事ばかりでは生きていけないのが世の中なんだ」

 その言葉には、父が「利用できるものは利用する」のには、何か深い所以でもあるのだろうかと、ふと静貴は思い返したが、考えるのも時間の無駄のように感じて、そのまま踵を返して部屋を後にした。

 その晩はなかなか寝付けず、結局眠りについたころには、陽は昇っていた。

2015-03-18

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