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 栞那が読書をしていると、静貴も静かに訪れてきて、黙って読書をする。そんな日々が続いた。何日か経つと、それが当たり前になって、やがて使用人が空き時間にお茶を入れに来るようにもなった。

 何事も起こらず、平和な日々が続いていく。栞那はこんなゆったりとした時間を過ごしたことなどなかったので、毎日が新鮮だった。

 何か足下が温かいと思い、栞那が足下を見ると、見たことのない犬が、伏せている。そういえば屋敷にいた猫は今頃どうしているだろうかと思いながら、栞那は手を差し出した。栞那の匂いを懸命に嗅ぐと、ゆったりとした動作で栞那の真横に座りなおした。その姿が可愛く、栞那はゆっくりと犬を撫でていく。犬は抵抗せず、むしろ離れたくないかのように、栞那に甘えようとしている。

 いつもとは違って、向かい合った席ではなく隣の席で本を読んでいた静貴が、ふと口を開いた。

「珍しいな、マックスがそんなに懐くなんて。僕は触らせてすらもらえないよ」

「この子、マックスって言うの? ……こんなに大人しいのに」

 犬種はシベリアン・ハスキーだろうか、大きな犬ではあるが、中型犬で、凶暴な犬種ではないはずだ。もちろん躾けによっては凶暴になるだろうが、少なくともマックスは大人しい子であるように見える。

 静貴がマックスへ手を伸ばすと、すかさず睨みを利かせて威嚇した。彼の言うとおり、マックスは少なくとも静貴には懐いていないらしい。

「マックス、ちょっとだけだから。ね?」

 栞那が優しく頭を撫でると少し大人しくなる。その隙に静貴が背中をひと撫でする。直後、少し嫌そうな表情は見せたものの、静貴に怒ることはなかった。

 静貴が少し嬉しそうに、顔を緩ませている。栞那は穏やかな日常だからこその喜びだと、改めて感じていた。

「―――何か、物音がしない?」

 まだ静貴の名を呼び捨てにする勇気がない栞那は、主語を抜かすことが多くなっていた。静貴は首を傾げたが、栞那には聞こえていた。

「何か、起こったのかもね。気にすることはないよ。珍しいことじゃない―――それにここには、マックスがいるから。栞那のことはマックスが守ってくれるよ」

 マックスが同意するように、一声鳴いた。尻尾を何度も振っている。自分が褒められたことが分かっているのか、静貴にじゃれ付きはじめたマックスに、栞那は苦笑した。ただ可愛がってもらえる人に懐くだけなのかもしれない。

「……守られることに、慣れなきゃいけないのかな」

 ずっと自分で自分を守ってきた。これからは、自分が守られる存在になっていくのかもしれない。

 マックスを撫でながら、静まっていく騒音を確認していた。

2014-11-23

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