05

「おそらく過呼吸で呼吸困難に陥ったのでしょう。今は落ち着いていらっしゃいますので、目が覚めたら普段通りの生活をしていただいて構いません」

 栞那の主治医だという女医が、横たわる栞那に再び布団を掛けて告げる。夜だと言うこともあり、時間のあった彼女はついてきたのだという。栞那が帰国してからの付き合いだと言うから、初めての環境に慣れそうにない彼女を心配していたのだろう。

 倒れた栞那を抱きかかえ、控え室へと運び込んだのは静貴だった。初対面だった相手に触れるのは気が引けたが、人手は捕らえられた男に取られており、他に手の空く者は父や栞那の祖父しかいない。そうなれば自分が運ぶべきだと判断したのだ。

(突然襲われたのだから、無理もないだろう)

 静貴にとっては珍しいことではなかった。もちろん、相手が誰かは分かっている。けれど警察は頼りにはならない。彼らは警察に捕まるような証拠は一切残さないのだ。

(ついに動いたか? だがなぜ彼女なんだ。まだ彼女は“こちらの世界”を知らない)

 このパーティーの意味も、何故自分が襲われかけたのかも、彼女は理解していないようだった。きっと彼女は“自分”について何も知らないのだろう。

 それでいい。彼女には伝えるべきではない。―――彼女の母親の死の原因も、それに関わった人間の正体も。

 一部の人間しか知らない真実を彼女が知るのは、きっとまだ先。それまでは彼女は守られなければならない。

 すると静かな控え室に着信音が響く。折りたたまれた携帯を開き耳元に当てたのは、静貴の父だ。そして早々と会話を終えると、彼女の祖父に声を掛ける。

「静貴、悪いがわたしたちは会場に戻る。彼女を頼んだぞ」

「申し訳ないが、出来るだけ側についていてやってくれ」

「はい、お任せ下さい、遠藤さん」

 その言葉を聞くや否や、彼らは控え室を出て行く。

(遠藤氏は知っているのだろうか……)

 静貴が栞那の母について知っているのは、それを父から聞かされてきたからである。しかし静貴がそのことを知っていると言うことを、遠藤は知らない。

「それではわたしもこれで失礼しますね。本日はこの近くに泊まっていますので、何かあればご連絡くださいと、遠藤様にお伝え下さい」

 栞那の様子が落ち着いたのを確認すると、女医も帰っていく。

 それまで少し乱れがちだった呼吸は安定してきていた。側にあった椅子を寄せ座り込むと、静貴は栞那の顔を飽きることなく見つめていた。

「な……あな………わたし………る…ですか」

 その時発したうわ言を静貴が聞き取ってしまわなければ、未来は変わったのかもしれない。

2014-06-28

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