03

 パーティーは滞りなく進んでいった。入り口での検査と警備の厳しさもあってか、怪しい人影は一切ない。辺りで談笑している男女はテレビや雑誌で見たことがある著名人ばかりで、彼らの動作全てが優雅である。さすが育ちと経験の差、多少教育された程度の栞那ではまだ不自然な動作が多々あった。

 けれどそれを指摘する人間はいない。なぜなら孫娘は数年前までずっと海外の遠藤の知人の元で過ごし高校を飛び級で卒業すると、大学進学前に体調を崩し帰国した。それ以後はずっと別荘で過ごしていたというから、その経緯を知っている彼らが、病み上がりの孫娘を心配こそするが、怪しんだり動作に関して遠まわしで指摘することすらない。このような場で動作に関して指摘すること自体ないのだろうが、彼らの表情から栞那を偽者だと思っておらず、その動作に関して怪しんでもいないことは読み取ることが出来た。情報屋として行動するようになってから、栞那は隠された表情から出さえ、その人の本心を暴くことができるようになっていたのだ。

「ああ、お久しぶりです、東條どの。―――こちらは孫娘の栞那です。栞那、ご挨拶なさい」

「初めまして、栞那です」

 東條は、有名な大企業の社長である。会社では主に電化製品を扱っており、製造から販売にいたるまでを自社でこなしているらしい。その品質の良さは世界でも有名で、多少値が張っても長持ちする東條の電化製品を、という声は少なくないと言う。

「もう体調は大丈夫ですかな。ずっと寝込んでいらっしゃったと伺いましたが」

 穏やかな表情で栞那へ問いかける。病み上がりの者に対する言葉としてはよくある会話だが、その穏やかな表情のおかげか、それまで挨拶した幾人の者たちの言葉とは比べ物にならないくらい、安心させられた。

「お気遣いありがとうございます。もう大丈夫です」

 栞那はその偽りのない心遣いに、嘘偽りのない笑みで応える。この人がここまで会社を大きく出来たのは、きっとこのような心遣いを自然に出来たからだろう。上辺だけではないと感じるまでの心遣いは、誰もが持つものではない。

「それはよかった。今宵はうちの息子も来ていまして。これが長男の静貴です」

 彼は黙って軽く頭を下げた。すると遠藤が微笑んで、若い者同士で話をしてくればいいと言って、その場を離れる。それに習うように東條がその後を続くと、静貴が口を開いた。

「高校は飛び級でご卒業なさったそうですね。体調さえ良かったら、きっと大学も飛び級で卒業できたのでは? 今後大学は進学なさるのですか」

 先程挨拶を交わした相手にも聞かれた質問だ。社交界に現れなかった孫娘に対して、話しかけやすい話題なのだろう。その度に栞那は、まだ学校に通えるほど体調は良くないのだと言ってきた。一晩パーティーに出席できるからと言って、大学へ日々通えるほどの体調ではないと示すためだ。そうでないと、今後また姿を晦ます孫娘を怪しまれてしまう。栞那と孫娘は容姿が良く似ていると言うので、再び数年姿を晦ませば、僅かな違和感は誤魔化せるだろう。

「祖父は、自由にすれば良いと言ってくれています。今のご時勢、大学を卒業した方がよい場合も多いでしょうけれど、実の所、まだそこまで体調が万全なわけではないので……」

 どこか表情が引き攣ってしまっている様な気がして、栞那は少し顔を下げ、語尾を誤魔化した。声を抑えて大人しくしていれば、まだ万全でないと思わせられるだろう。

「そうなんですか? それでは大丈夫ですか、いきなりこのような大規模なパーティーなどに……」

「たまには外の空気を吸うのも良いですよ。大学はやはり、海外に戻りたいと思うのです。その為にも今は、もう少し体調を整えたくて」

 栞那より幾分か背の高い静貴を見上げながら、栞那は微かに微笑みかけた。?

2014-06-16

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