ミルナには母も父もありませんでした。生まれる前に父が亡くなり、母もミルナを産んだあとに亡くなってしまったのです。これらは母も父もなくしたミルナを引き取り育ててくれた、おばさんから聞いた話でした。
 おばさんは血のつながりもなく、ごく稀な銀髪というだけで忌まれていたミルナを我が子のように育ててくれたのです。ミルナはおばさんのことが大好きでした。
「ミルナ、ちょっと悪いけど、はちみつが無くなったから、村の小屋から取ってきてくれる? 赤い小さな壺がはちみつの壺だからね」
 ミルナは大きく頷いて、嬉しそうに外へ飛び出しました。はちみつは収穫したものを全て村で一箇所にまとめます。そのほうが、余らせることなく食べれるからです。みんなで分けあって使うので、余って無駄になることはありません。ミルナはパンにはちみつをつけて食べるのが大好きでした。
 ミルナたちが過ごす村の居住地から、村の小屋がある場所までは、少し距離があります。しかし道が一本道だったので、まだ幼いミルナにも迷わずに行くことが出来ました。
「お嬢さん、お嬢さんはこの村の子? おうちにお母さんかお父さんはいるかな」
 ミルナに声をかけてきたのは、騎士です。この国で騎士は平民より高い身分にあることは、ミルナでも知っていました。彼らは国を守るのが仕事です。ミルナはそれはおばさんのことかと、問い返します。すると騎士はおばさんのもとに案内するよう、ミルナに言いつけました。はちみつが気がかりでしたが、また来れば良いと思って、ミルナは来た道を戻っていきます。村の中心辺りまで差し掛かると、女性の姿が見えました。おばさんです。騎士の姿に驚く村人たちの声に気がついたおばさんが、ミルナのもとへ駆けてきたのです。
「この子が何か、粗相をしたのですか」
 ミルナをしっかり抱きしめながら、おばさんは心配そうな顔をしています。騎士は難しい顔をしたまま、黙って首を横に振りました。そしてただ一言、ついてくるように命じたのです。
 おばさんはミルナを抱き上げると、黙って騎士の後ろを歩いていきます。ミルナは騎士が恐ろしく思えて、ただおばさんにしがみついていました。
 その先にあったのは、一台の馬車と、それとは別に、一頭の馬だけです。おばさんとミルナを馬車に乗せ、自分は別で馬に跨ると、馬車は動き始めます。馬を従えているのは、まだ幼そうな少年です。ミルナは外を見つめながら、どこに行くのか心配で仕方がありません。
 やがて馬車が止まった頃には、ミルナは疲れて寝入ってしまっていました。目覚めるとそこは知らない屋敷です。ミルナが今まで見たことがないくらい、天井は高く、装飾が豪華な屋敷でした。
 すると女性が駆け寄ってきて、おばさんからミルナを取り上げます。ミルナもおばさんも、何が起こっているのか分かりません。
「ああ、私のエリー。帰ってきてくれて嬉しいわ。さっそく着替えましょうね、こんな服じゃダメよ。もっと素敵な服を、用意してあるのよ」
 女性はミルナをエリーと呼び、屋敷の奥へと連れて行こうとしています。おばさんは騎士によって押さえられ、口を塞がれているようでした。その顔はとても悲しそうな表情をしています。
 ミルナは初めて、おばさんともう会えないような気がしました。今まで長い間離れたことなどありません。まだ幼いミルナには、見ず知らずの人と過ごすのは恐怖でしかないのです。ミルナは耐えられなくなって、泣き出してしまいました。
「エリーじゃないもん! ミルナだもん! この服はお気に入りなのよ」
 動揺して力の緩まった女性の腕から逃げ出すと、ミルナはおばさんのもとへと駆け出しました。油断していた騎士たちを押しのけて、おばさんはミルナをしっかり抱きとめてくれました。とてもあたたかく、そしてミルナの大好きなおばさんの香りがします。
「エリー! エリーはどこなの!? 忌々しい、二人共々、あそこの小屋へ閉じ込めておしまい」
 女性の先程の優しさは、一体どこへ行ってしまったのでしょう。鬼のような形相で、女性は騎士に命じました。ミルナとおばさんは、引きずられるように小屋へ連れて行かれました。
 そこにはミルナたちが住んでいた家より少し大きめの小屋が建っています。騎士は二人を小屋へ押し込むと、鍵をかけて去っていきました。
「ミルナ、無事でよかったわ」
「ごめんなさい、おばさん。どうやって出よう?」
 二人は困ってしまいました。唯一ある窓は、はめ殺しのもので、開くことはありません。
 そんな状態が3日続きました。小屋には何もありません。水さえない状態です。おばさんはすでにあまり動けないくらい体力を消耗していました。
 すると小さな足音が聞こえます。そして扉が開いたではありませんか。そこにいたのは、3日前2人をここまで送ってきた馬車の少年でした。
「動けますか。時間がありません。追っ手が来る前に逃げましょう。お二人の故郷へは戻れませんが、僕に当てがありますから」
 おばさんはよろよろと立ち上がりました。少年が力を貸しながら、馬車まで歩いています。馬車に乗り込んだときには、足音が聞こえていました。
「少し揺れます。少ししかないですけど、そのパンと牛乳、食べてください。お腹の足しにはなるでしょうから」
 少年はそれだけ言うと、馬車を走らせました。追っ手はまだ来ません。やがて屋敷が見えなくなっても、追っ手は来ませんでした。
 少年は黙って馬を従えています。おばさんとミルナは、パンと牛乳を口にすると、お互いに寝入ってしまいました。
 それから3人は、無事に追っ手から逃れることができました。目が覚めるとそこはミルナたちの村に似た、少年の故郷でした。あたたかい村人たちに迎えられ、おばさんとミルナは、新しい生活を始めたのでした。

童話風のお話が読みたいという、とある友人のお願いを聞き入れてみました。ちょっと童話風になっていないような気もしま す……。勘弁して下さい、これが私の限界でした。
ちょっと口調といいますか、言い回しって言うのでしょうか。なんとなく童話っぽい語り口にしてみたのですが、童話になっているのでしょうか。
本当の幸せって何なんだろう?というのをテーマに書いてみました。
あれ、やっぱりこれ童話になってないかなぁ……。
2014/05/29 大幅に改稿しました